JIS X 8341-3と国際協調

渡辺隆行 (東京女子大学現代文化学部)

情報アクセシビリティ国際標準化セミナー2005 -JIS X 8341-3とWCAG2.0の協調-

9 May, 2005

http://www.comm.twcu.ac.jp/~nabe/data/INSTAC20050509/

目次

はじめに

日本規格協会・情報技術標準化研究センター(INSTAC)に2004年度に設置された「ウェブアクセシビリティ国際規格調査研究部会」(JIS WG2)主査及びW3CWCAG WG参加者として,国際協調の視点からJIS X 8341-3についてお話しします.

  • Webにはアクセシビリティ上の利点がある.
    • データの論理構造をマークアップ.見せ方はスタイルシートで指定.
    • 出力メディアや利用者の特性に適した出力が可能
    • ソフトウェアがWeb上のデータの意味を理解して情報処理可能.
    • W3Cの技術はアクセシビリティを考慮.ガイドラインなども整備.
  • しかし現実は,誰もが利用できるようには なっていない.
  • そこでまず,Webの問題点を整理する.

I. Webの問題点

根本的な問題
  • 画面表示が前提のWebを音声表示するのは難しい
  • Webメディアの特性の理解不足
  • Webアクセシビリティ問題の研究不足
  • Webの自由さとの拮抗
技術の問題
  • Web技術のアクセシビリティ機能が不足
  • Web利用ソフトウェア(User agent)の機能不足
  • 多様なWebの利用者への配慮が困難
認識と理解の不足
  • Webアクセシビリティの認識と理解の不足
  • ガイドラインやチェックツールに頼りがち.ユーザ中心の設計思想やプロセスを押さえるという発想が不十分.
制作側の問題
  • コストに見当ったメリットが得にくい
  • Webコンテンツ作成時のアクセシビリティへの配慮が不足:Authoring toolの機能不足

II. JIS X 8341-3

Webアクセシビリティ向上において,W3Cの WCAG 1.0の功績は非常に大きい.日本でも2004年にガイドラインができた.

II.1 JIS X 8341の概要

情報通信における機器,ソフトウェア及びサービスを設計する際に,高齢者・障害者等に配慮すべき点を示したガイドライン群.

  1. 基本規格:JIS Z 8071 (ISO/IEC Guide 71と同一) ”高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮指針”.アクセシビリティガイドラインを策定する際に参考にすべき指針.
  2. グループ規格:JIS X 8341-1 ”高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス-第1部:共通指針”
  3. 個別規格:JIS X 8341-2 ”第2部:情報処理装置,JIS X 8341-3 ”第3部:ウェブコンテンツ”.2005年度に第4部以降も刊行予定.

「工業標準化法」第67条(日本工業規格の尊重)に「国及び地方公共団体は、買入れる鉱工業製品に関する仕様を定めるとき日本工業規格を尊重しなければならない」と書かれているので,国及び地方自治体に影響する.

II.2 JIS X 8341-3

  1. ISO/IEC Guide 71の枠組みで開発
  2. 主として公共分野が対象
  3. 現在の日本の技術(ウェブブラウザやスクリーンリーダなど)の能力に配慮
  4. 日本語固有の問題を取り上げている
  5. プロセス(企画,設計,開発,制作,保守及び運用)における配慮点にも言及
  6. 国際協調に配慮:JIS X 8341-3 = WCAG 1.5(1.0と2.0の中間) ± α.
  7. 多数の具体例をカラーでわかりやすく記述
  8. 2005年度前半に技術解説を公開予定
JISの検索・購入:
JSA Web Store」
JISのオンライン閲覧:
「JIS 検索」

III. ガイドラインの国際協調

  • 国内ではJISが使用されるが,国際的にはWCAG 2.0が事実上の標準となるはず.
  • III章では,JIS X 8341-3とWCAG 2.0の国際協調の取り組みについて説明
  • まず,JIS策定でわかった問題として,言語に起因するWebアクセシビリティ問題を説明

III.1 日本語で顕著なWebアクセシビリティ問題

漢字文化圏で顕著となる以下の問題を,2004年9月にWCAG WGに指摘した.

見た目が似ている文字:
  • 英数字: '0' と 'O', '1' と 'l'.
  • 漢字: '', '', '', '' (HPRの読み方:"長音", "ハイフン", "バー", "マイナス")
  • かな漢字変換で間違えやすい."リード"は正しいが,"リ―ド"は間違い.見た目には間違いに気づかないが,読み上げると意味を成さない.
読みにくい文字:"聾"
画数が多い文字は,フォントサイズを大きくするか,読みやすいデザインのフォントを用いないと読みにくい.
読みが決まらない単語:"三田","行った"
固有名詞などは,読みが難しいので,何らかの方法で読み方を付与しておく必要がある.英語にも同例がある.晴眼者は読めなくても漢字を認識できるが,視覚障害者は音声化ソフトの読み上げ方に依存する.
縦書き
Webページで縦書きを実現するために,1文字ごとに改行要素を挿入している場合がある.見た目には縦に並んだ単語に見えても,(X)HTML的にはばらばらの文字の並びに過ぎないので,読み上げソフトは正しく音声化できない.

言語関連のその他の問題

複数の文字コード
正しい文字コードが明記されてない場合は文字化けの原因となる.欧州言語の文字コードも事情は同じ.
複数の文字集合
利用者が多い MS Windowsは,JIS X 0201 及び JIS X 0208以外の特有の漢字(丸付き数字やローマ数字など)を含む.そのため,他の環境で文字化けする.
複数の文字種
振り仮名は,表音文字の「ひらがな」でも「カタカナ」でも書ける('' と '').数字は,ASCII 7 bit(JIS X 0201)の半角数字でも,JIS X 0208の全角数字でも書ける.FORM要素に氏名の振り仮名を入力するときに,このようなあいまいさが問題になる.(しかし,FORMを処理するスクリプトが賢ければ,ひらがなでもカタカナでも全角数字でも半角数字でも処理できるはず.)
日時の表記方法の曖昧さ
"2005/07/19"は曖昧な表記法なので,日付として読み上げられない場合がある.
表意文字として利用される全角記号の曖昧さ:, , ,
日本語は,文字の種類が多い.全角記号もいろいろあり,違いが曖昧.使用意図が第3者に明白でないので,問題を生じやすい.

III.2 国際協調

  • 日本に JIS X 8341-3 ができたのは大きな前進.
  • 世界的にはW3CのWCAGが事実上の標準であり,欧州ではそのまま採用している国もある.
  • 国際的な標準機関のISOと日本(JIS)は密接な関係にあるが,ISOにはWebアクセシビリティに関する規格はない.
  • EUのWAB Clusterでは,Webサイトの評価手法(ガイドライン,チェックリスト,チェックツール,テストセット,ユーザテストなどの様々なテスト手法)の標準化を進めている.

III.2.1 JIS X 8341とISOの関係

  • ISO/IEC Guide 71は,1998年に日本が提案し,2001年にISOになった.
  • JIS Z 8071は,2003年にISO/IEC Guide 71を翻訳してJISにしたもの.
  • JIS Z 8071に沿ってJISを策定する委員会が2001年に立ち上がり,JIS X 8341-1,8341-2,8341-3が2004年に刊行された.
  • 共通規格のJIS X 8341-1がISOで審議されることが2004年に決まった.

III.2.2 JIS X 8341-3とWCAG 2.0の関係

  • JIS X 8341-3は,WCAG 1.0を参考にし,WCAG WGで策定中のWCAG 2.0にも注意を払って策定された.
  • JIS WG2は,WCAG WGと協力して,両ガイドラインの協調を図っている.
  • 2004年3月に,INSTACの旧WG2として,CSUNでJIS X 8341-3とWCAG 1.0及び2.0との違いを発表
  • 2004年9月にはWCAG WGに対して,JIS WG2から,日本語で顕著な問題や日本で適用しにくい点等を,パブリックコメントとして提出.
  • 2004年7月には,7月30日版のWCAG 2.0 WD日本語訳をINSTACのサイトで公開.2005年6月公開予定の次期 WCAG 2.0 WDでは,導入文書や技術文書などの翻訳も公開予定.
  • 技術レベルでの整合性を検証し,一致をはかるために,JIS WG2では,JIS X 8341-3の技術解説を作成中.2005年度前半に,INSTACのWebサイトで公開予定.
  • 国際協調という点では,JIS X 8341-3の優れた点をWCAG 2.0に取り込み,国際的に適用できるガイドラインにしたうえで,WCAG 2.0がISOに提案されるのが望ましい.

III.2.3 W3C以外との国際協調

  • 国際的に適用できるガイドラインを作成するためには,日本以外の非英語圏,特に漢字を使うアジア諸国でも適用できるようにすることが重要.
  • 韓国では2003年に独自のWebガイドランを作成しているが,W3CのWCAG 2.0とはかなり内容が異なっている.
  • Webのアクセシビリティ向上には,音声合成機能や音声ブラウザ及びスクリーンリーダなどの支援技術も必要になる.しかし,これらの技術レベルは,国によって大きく異なる.

III.3 WCAG 2.0へのJIS X 8341-3の対応

  • WCAG 2.0が日本などの漢字文化圏でも適用できるようことが大事.
  • WCAG 2.0が支援技術のレベルが異なる(低い)言語圏でも適用できることが大事.
  • (上記に合わせて,日本のスクリーンリーダや音声ブラウザなどの機能を調査することが重要.)
  • WCAG 2.0は技術非依存で言語や文化を越えた普遍的な要点を述べている.言語や技術レベルに依存する部分は,技術文書に書いてある.この技術文書は,国毎に異なっていてもよい.
  • したがって,JISにある日本語固有の問題や,6章のプロセスに関する要件は,WCAG 2.0を元にしながら,日本用の技術文書で対応できる.
  • WCAG 2.0がW3Cの勧告になったら,JIS X 8341-3のアップデート作業を開始し,より一致度の高いガイドラインを目指す.これにより,JIS X 8341-3に適合しているWebサイトがWCAG 2.0にも適合できている(また,その逆も)ようにしたい.

IV. おわりに

  • ガイドラインの重要性はゆるぎない.しかし,ガイドラインは,アクセシビリティ問題を解決するひとつの方法であり,ほかの方法と合わせて考えることが重要.
    • ガイドラインの技術解説やチェックツール,User AgentやAuthoring toolのガイドラインも必要.
    • 音声ブラウザやスクリーンリーダなどの機能向上とガイドラインへの準拠が必要.
    • ユーザテストなど,JIS Z 8530 (ISO 13407)の「7. 人間中心設計活動」に基づく発想が重要.
  • JIS WG2では,WCAG WGと協力して,WCAG 2.0国際化への協力,WCAG 2.0がW3Cの勧告になったときの日本の対応準備を進めている.
  • 教育普及活動も重要.今回の国際セミナーに参加されている企業の方や個人の方は,是非JIS X 8341-3普及の一里塚となってほしい.

 付録

付録として,JIS X 8341-3の5章と6章の要件一覧を収録する.

JIS X 8341-3 5章: 開発及び制作に関する個別要件

開発・制作において配慮すべき技術的な要件を規定.主として開発・制作者を対象.「しなければならない」レベルと「望ましい」レベル,及びその混合レベルの個別要件がある.

  • 5.1 規格及び仕様
    • a) ウェブコンテンツは,関連する技術の規格及び仕様に則り,かつ,それらの文法に従って作成しなければならない。
    • b) ウェブコンテンツには,アクセス可能なオブジェクトなどの技術を使うことが望ましい。
  • 5.2 構造及び表示スタイル
    • a) ウェブコンテンツは,見出し,段落,リストなどの要素を用いて文書の構造を規定しなければならない。
    • b) ウェブコンテンツの表示スタイルは,文書の構造と分離して,書体,サイズ,色,行間,背景色などをスタイルシートを用いて記述することが望ましい。ただし,利用者がスタイルシートを使用できない場合,あるいは意図的に使用しないときにおいても,ウェブコンテンツの閲覧及び理解に支障が生じてはならない。
    • c) 表は,分かりやすい表題を明示し,できる限り単純な構造にして,適切なマーク付けによってその構造を明示しなければならない。
    • d) 表組みの要素をレイアウトのために使わないことが望ましい。
    • e) ページのタイトルには,利用者がページの内容を識別できる名称を付けなければならない。
    • f) フレームは,必要以上に用いないことが望ましい。使用するときは,各フレームの役割が明確になるように配慮しなければならない。
    • g) 閲覧しているページがウェブサイトの構造のどこに位置しているか把握できるように,階層などの構造を示した情報を提供することが望ましい。

  • 5.3 操作及び入力
    • a) ウェブコンテンツは,特定の単一のデバイスによる操作に依存せず,少なくともキーボードによってすべての操作が可能でなければならない。
    • b) 入力欄を使用するときは,何を入力すればよいかを理解しやすく示し,操作しやすいよう配慮しなければならない。
    • c) 入力に時間制限は設けないことが望ましい。制限時間があるときは事前に知らせなければならない。
    • d) 制限時間があるときは,利用者によって時間制限を延長又は解除できることが望ましい。これができないときは,代替手段を用意しなければならない。
    • e) 利用者の意思に反して,又は利用者が認識若しくは予期することが困難な形で,ページの全部若しくは一部を自動的に更新したり,別のページに移動したり,又は新しいウィンドウを開いたりしてはならない。
    • g) ウェブサイト内においては,位置,表示スタイル及び表記に一貫性のある基本操作部分を提供することが望ましい。
    • h) ハイパーリンク及びボタンは,識別しやすく,操作しやすくすることが望ましい。
    • i) 共通に使われるナビゲーションなどのためのハイパーリンク及びメニューは,読み飛ばせるようにすることが望ましい。
    • j) 利用者がウェブコンテンツにおいて誤った操作をしたときでも,元の状態に戻すことができる手段を提供しなければならない。
  • 5.4 非テキスト情報
    • a) 画像には,利用者が画像の内容を的確に理解できるようにテキストなどの代替情報を提供しなければならない。
    • b) ハイパーリンク画像には,ハイパーリンク先の内容が予測できるテキストなどの代替情報を提供しなければならない。
    • c) ウェブコンテンツの内容を理解・操作するのに必要な音声情報には,聴覚を用いなくても理解できるテキストなどの代替情報を提供しなければならない。
    • d) 動画など時間によって変化する非テキスト情報には,字幕又は状況説明などの手段によって,同期した代替情報を提供することが望ましい。同期して代替情報が提供できない場合には,内容についての説明を何らかの形で提供しなければならない。
    • e) アクセス可能ではないオブジェクト,プログラムなどには,利用者がその内容を的確に理解し操作できるようにテキストなどの代替情報を提供しなければならない。また,アクセス可能なオブジェクト又はプログラムに対しても,内容を説明するテキストなどを提供することが望ましい。

  • 5.5 色及び形
    • a) ウェブコンテンツの内容を理解・操作するのに必要な情報は,色だけに依存して提供してはならない。
    • b) ウェブコンテンツの内容を理解・操作するのに必要な情報は,形又は位置だけに依存して提供してはならない。
    • c) 画像などの背景色と前景色とには,十分なコントラストを取り,識別しやすい配色にすることが望ましい。
  • 5.6 文字
    • a) 文字のサイズ及びフォントは,必要に応じ利用者が変更できるようにしなくてはならない。
    • b) フォントを指定するとき,サイズ及び書体を考慮し読みやすいフォントを指定することが望ましい。
    • c) フォントの色には,背景色などを考慮し見やすい色を指定することが望ましい。
  • 5.7 音
    • a) 自動的に音を再生しないことが望ましい。自動的に再生する場合には,再生していることを明示しなければならない。
    • b) 音は,利用者が出力を制御できることが望ましい。

  • 5.8 速度
    • a) 変化又は移動する画像又はテキストは,その速度,色彩・輝度の変化などに注意して作成することが望ましい。
    • b) 早い周期での画面の点滅を避けなければならない。
  • 5.9 言語
    • a) 言語が指定できるときは,自然言語に対応した言語コードを記述しなければならない。
    • b) 日本語のページでは,想定する利用者にとって理解しづらいと考えられる外国語は,多用しないことが望ましい。使用するときは,初めて記載する時に解説しなければならない。
    • c) 省略語,専門用語,流行語,俗語などの想定する利用者にとって理解しにくいと考えられる用語は,多用しないことが望ましい。使用するときは,初めて記載されるときに定義しなければならない。
    • d) 想定する利用者にとって読みの難しいと考えられる言葉(固有名詞など)は,多用しないことが望ましい。使用するときは,初めて記載されるときに読みを明示しなければならない。
    • e) 表現のために単語の途中にスペース又は改行を入れてはならない。
    • f) ウェブコンテンツは,文章だけではなく,分かりやすい図記号,イラストレーション,音声などを合わせて用いることが望ましい。

各項目の理解を助けるために,個別要件の項目ごとに例や参考を付記してある.また,付属書1として,具体的な例示を多数収録してある.

JIS X 8341-3 6章: 情報アクセシビリティの確保・向上に関する全般的要件

企画から保守・運用に至る(全般的な)プロセスにおいて配慮すべき個別的な要件を規定.主として運用管理・運用担当者を対象.

  • 6.1 企画・制作に関する要件
  • 6.2 保守及び運用に関する要件
  • 6.3 検証に関する要件
  • 6.4 フィードバックに関する要件
  • 6.5 サポートに関する要件